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2010年12月

2010年12月30日 (木)

旧ホームページで紹介した内容です!

文科省がインクルージョンの意味をやっと理解!?

「共に学ぶことのみが,共に生きる社会を実現する」(じゃじゃ丸トンネル迷路

2010年年末になって、ビッグニュースです。これまで分離教育に固執してインクルージョンの意味を曲解していた文科省から,画期的文書が出されており,最初はとても信じられませんでした。

この文書については,12月27日に文科省からパブリックコメントが募集されています。タイトルは,「中央教育審議会初等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会論点整理に関する意見募集の実施について」です(当該文書へのリンクがあります)。意見の受付締め切りが2011年1月23日ですので,インクルージョンの正しい意味を認めた点について文科省を是非ほめてあげて下さい。

これまでの文科省は,平成17年(2005年)12月に同じく中央教育審議会から出された答申にありますように,インクルージョン・ノーマライゼーション・サラマンカ宣言のことを引用しているにもかかわらず,インクルージョンやノーマライゼーションをその意味があたかも「分離したまま障害者を頑張らせること」であるかのように紹介し,「ひとりひとりに必要なニーズは普通クラスで供給されるべき」としているサラマンカ宣言の理念を完全に無視してきたわけです。

ところが,今回の文書には,「インクルーシブ教育システム(包容する教育制度)の理念とそれに向かっていく方向性に賛成」とし,「インクルーシブ教育システムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求する」と記載されており,インクルーシブ教育の理念が同じ場で共に学ぶことであることをやっと認めてくれています。さらに,「障害のある子どもと障害のない子どもが共に学ぶことは、共生社会の形成に向けて望ましいと考えられる。同じ社会に生きる人間として、お互いを正しく理解し、共に助け合い、支え合って生きていくことの大切さを学ぶなど、個人の価値を尊重する態度や自他の敬愛と協力を重んずる態度を養うことが期待できる」とまで言及しており,初めてじゃじゃ丸トンネル迷路と意見が一致しました。

他にも背景があるようですが,この変化の一因は,「障害者の権利に関する条約」であるようです。繰り返しになりますが,分離ではなくインクルージョンを理想とする1994年のサラマンカ宣言の理念は,日本ではただの宣言としてみごとに無視されてきたわけです。ところが,2006年に採択され,2007年に日本が署名し,現在批准に向けての検討がなされている「障害者の権利に関する条約(国連)」の第24条に,「(初等教育から高等教育までの)全てのレベルでのインクルーシブ教育システムを締約国は確保する」ことが明記されているのです。これは宣言ではなく,条約ですので,批准するつもりであれば,何らかのモーションが必要になってくるわけです。

段階的な移行の必要性を付記してある点や,連続性のある「多様な学びの場」の一つとして分離教育の選択肢を残している点など,いろいろな議論があったことがうかがわれますが,とにかく,インクルージョンの意味を理解してくれただけでも格段の進歩と言えます。

(S.I.)

2010年12月21日 (火)

発達のランドスケープ(試作1)

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発達のランドスケープの試作1号です.扇形のなだらかな坂があり,坂の表面は凸凹しています.扇の要のところに玉出し装置があり,そこから玉が坂にでてきます.斜面の凸凹のために玉の起動は影響を受け,坂の下の到達点に達します.この坂の場合,ほとんどの玉は低い位置に集まる傾向がありますので,到達点は坂の下の中央付近に分布します.しかし極端なコースをとる場合もあり,中央からかなり離れた位置で到達点に達しますが,そういったケースは少数派となります.このようなモデルでは,到達点の分布は正規分布になるはずです.

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玉出し装置の部分は,ひとりひとりの遺伝的背景によって形が異なります.向きが変わったり,玉だしの速度が変化します.

(S.I.)

2010年12月20日 (月)

表現型の深層にあるネットワーク

遺伝子型の周辺にある非常に複雑なネットワークを,遺伝子間の相互作用として図示します.①~④はRNAレベルの作用,⑤⑥はサイトカインや成長因子,ホルモンなどの作用,⑦は環境の影響の感受性を変化させる作用などです.これらの因子が複雑にネットワークを形成します.DNAレベル,RNAレベル,蛋白レベルのように階層構造として把握することもできます.既に,RNA発現量を表現型として検討したり(eQTL解析など),複雑な蛋白質のレパートリーの量的バランスを表現型として解析することが試みられています(プロテオーム解析).

(S.I.)

Fig2

表現型の階層構造

表現型の階層構造を,社会性とコミュニケーション能力を例にして説明します.DSM-5のドラフトでは,自閉症の診断のためには,両者は社会的コミュニケーションとして扱われることになっています.下図のように社会性の背景にはコミュニケーション能力が関与しますし,コミュニケーション能力の背景には社会性が関与します.また,この階層は4層かもしれませんし,もっと多い場合も想定されます.各層のドメインが非常に多い場合もあり得ます.評価する一番上(最表層)の形質ドメインによって,深層で関与するドメインはその深さが変化します.表面からはわかりにくいドメインや,表面からはまったく見えないドメインも存在し,内表現型(endophenotype)と呼ばれています.

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(S.I.)

2010年12月17日 (金)

形質ベクトル間の非直線的関係

遺伝子型(genotype)と表現型(phenotype)の間のブラックボックスの中をのぞこうとすると,一筋縄ではいかないいろいろな仕組みが存在しています.その中では,比較的観察(理解)しやすい仕組みに,形質ベクトル間の非直線的関係があります.表現型や内表現型(endophenotype)としての形質は,複数の形質が複雑に影響し合って最終的な状態になりますが,この形質間の相互作用が直線的な関係でない場合が多いことが,問題をより複雑にしています.影響し合う形質が,3つの場合は3次元の構造,4つの場合は4次元の構造を推測しなければならず,かなり厄介な課題と言えます.ここでは,2つの場合に限って考えてみます.

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左側は,意味記憶と感覚記憶の発達の経過に基づく非直線的(曲線)関係です.感覚記憶には,写真記憶や録音記憶も含みます.通常は3~4歳になって言葉が増えてくると,意味記憶が可能になってきて,急速に感覚記憶を使わなくなります.右側は,さらに複雑で,適度なこだわりがあれば,生産性・到達点は非常に高いのですが,こだわりが不足していたり,こだわりすぎると逆に生産性・到達点は低くなります.

(S.I.)

2010年12月15日 (水)

DSM-5のドラフトにみられる改善点(自閉症について)

診断や治療に関する専門家の見解が,実は非常に不確かなものであることは,これまでの歴史が証明しています.特に精神的状態や発達状態の診断基準は,単にその時の多数派の平均的見解であって,その背景にあるのは単なるラベリングに過ぎません(文献1).米国精神医学会の平均的見解が少し改善されつつありますのでご紹介します.最終的にどうなるかはわかりませんが,現在ドラフト(草案)の修正段階にあるDSM-5(文献2)には,自閉症に関して以下のような改善点がみられます.

改善点1:特定の遺伝子異常の効果サイズが非常に大きいことが知られている(文献3)Rett's Disorderを別なグループとしている点.

改善点2:小児崩壊性障害とアスペルガー障害とPDD-NOS(特定できないPDD)が診断名からなくなり,統一概念として自閉症スペクトラム障害としている点.

改善点3:必須項目の3の「症候は小児期の早期に存在していなければならない」という記載の後に括弧付けで,「しかし,(本人に対する)社会的な要求が,(本人の)制限されたキャパシティーを越えるまでは,十分に(症候が)表面化しないかもしれない」と付記されています.表面化するのが大学に入ってからだったり,就職してからだったりするケースがあることにやっと気がついたのかもしれません.

改善点4:DSM-IV-TRまでは,社会的な相互作用とコミュニケーションに関する項目の両方に質的な(qualitative)障害があると記載されていましたが,社会性とコミュニケーションの項目を社会的コミュニケーションにまとめたことに加え,この質的という言葉がドラフトからは消えております.量的な(quantitative)特質であることは,以前から指摘しておりますが(文献3),せめてこのまま質的という言葉を使わないままDSM-5が完成することを期待します.

(文献1) Ijichi S. et al. Are Aliens medically disordered? BMJ, eLetter, 2009.

(文献2) Disorders usually first diagnosed in infancy, childhood, or adolescence

(文献3) Ijichi S & Ijichi N. Minor form of trigonocephaly is an autistic skull shape?: a suggestion based on homeobox gene variants and MECP2 mutations. Medical Hypotheses 58: 337-339, 2002.

(S.I.)

2010年12月14日 (火)

Canalization①Waddingtonの記載(canalizationとlandscape)

Waddington CHが記載したcanalizationという概念は,古い訳本では運河化と訳されています(文献1).最近では進化や発達に関連して重要なキーワードとなっているため,ブログの最初のテーマの一つとして取り上げます.Waddingtonは,器官の発生などの道すじが異常な遺伝子の存在や外的環境の変化の影響を受けにくいことを指摘し,その道すじが固執される傾向があることを運河化としています.

また,Waddingtonは,卵からの発生・分化の流れを,谷をころがり落ちるボールに例えて描写し,epigenetic landscape(後成的風景)と表現しました(下図)(文献2).一時的になんらかの力で速度や向きが変わっても,やはり低いほうにボールはころがり落ち,結局はいつもの発生・分化が達成される傾向があるとし,谷の一つ一つがcanalizationの運河であるような説明がなされています.

Landscape

epigenetic landscapeのepigeneticは後成的と訳されており,発生の過程における後の方(ボールが転がるスロープ)を表現しているようです.epigeneticという言葉は,最近ではDNAのメチル化のような遺伝子配列以外のファクターを記載する時によく使われますが,同じ現象を遺伝子間の相互作用の複雑性で説明する立場もあります(文献2).

この風景の中の傾斜のある谷を運河と呼ぶには抵抗があります.canalという単語には人工水路(運河)という意味の他に導管という意味もあるため,道すじが変わらない通路という意味でWaddingtonはcanalizationという言葉を使ったのかもしれません.

(文献1) 岡田瑛・岡田節人訳,「発生と分化の原理」 共立出版 モダンバイオロジーシリーズ7

(文献2) Goldberg AD, et al. Epigenetics: a landscape takes shape. Cell 128: 635-638, 2007.

(S.I.)